深い霧が立ちこめる六甲山 梅雨のはじまりの日の午後に、オープンサークルを開きました

私たちが内なる叡智とともに人生を歩む時、その智慧は3つの成長の過程を経ると言われています

1つめは書物や教典など、古(いにしえ)の賢者たちの言葉や教えを手にとり知的に学ぶこと 2つめは、実際にそれを生きる先達たちと出会い、質問や交流をかわすこと 最後に、自分自身の直接の経験によって智慧を完成させるというプロセスです

エタニティではいつも、この3つめの段階をもっとも大切にすることを分ちあってきました どのような素晴らしい教えであっても、必ず自分自身の体験を通して確認したものだけを拠りどころとすること それは、前の2つの段階が、未だ他者を模倣する借り物の知識にすぎないことを意味するからです

この道を歩む日常の、さまざまな直接体験の中でも、特に圧倒的な孤独に耐えられないという相談も数多く寄せられます

この最後の叡智が開いてゆくとき、私たちの心は、この広大な宇宙の中で、最初からたった1人でしかいなかったという事実と真向かうことになります それは、想像を遥かに超える恐ろしさかもしれませんが、誰もが通らなければならない、正しい道のりなのです

森の中を歩いている時、突如、”わたしは孤独であり、またすべてである”ことを思い出される方もいらっしゃいます 自然からの慈愛を受けて、細胞の1つ1つに刻まれた記憶が呼び覚まされるのです この体験が特別なものでなくなるまで、私たちの瞑想は続くでしょう そして、その先には、あまりにも自然でありふれたお仕舞いが待っているのです

私は3週間ほどの間、”ゴールデンランド”と呼ばれるミャンマーを旅していました

その名の通り、どんな小さな集落を訪ねても、私たちは黄金色のパヤー(仏塔)をそこに見つけることができます

ここは、ヴィパッサナー瞑想者たちにとっての聖地

その教えを、純粋なままに保持し続けてきた唯一の場所とも言われ、今でも、彼らはこの国を以前と変わらず “ブーマ”(ビルマ)と、親しみをこめて呼びます

ラングーンリバーを渡った小さな村に、ある賢者のセンターはひっそりと佇んでいました

今回わたしは、この叡智を伝え続けてくれた賢者たちのゆかりの地を訪ね、また世界中からここに集まる瞑想者たち、そしてこの地の在家、出家者たちとともに、沈黙の時を過ごしました

ヤンゴンに着いてすぐに、友人がドレスを仕立ててくれ、こちらの民族衣装であるロンヂーを履いて、タナカという樹木のおしろいを塗りながら、毎日の瞑想や巡礼がスタートしました

数年前から、1年のうちの数ヶ月間、わたし自身が何ものからも干渉されることなくセルフリトリートができるのは、ひとえにこちらの瞑想センターのおかげなのです ここは、瞑想者たちの善意と寄付でまかなわれており、1人ひとりにエンスイートの個室と温かい食事が用意され、いつ何時でも、真実を観察できる環境が調えられています

立派な瞑想ホールも完備され、すっかりラグジュアリーな瞑想生活に慣れてしまった私は、この草創の、先人たちの素朴な瞑想人生に触れたくなり、また感謝をあらわしたくなりました
こうして、このヴィパッサナーの源流をさかのぼる旅が自然に生まれてきたのでした

数千のパヤーが林立する、古都バガン 電動バイクを走らせ、遺跡めぐりを楽しみます

ある場所は、都会の喧騒のただ中のオアシスであり、またある場所はラングーンリバーを越えた、当初の面影そのままの田園風景が広がり、さらにその先は、ヒマラヤからの雄大な源流を見下ろす、静かなケーブ(洞窟)でもありました

現在の洗練とは程遠い、ヴィパッサナーの原風景に接しながら、むき出しの真実を余すところなく味わう旅となりました どこまでも続く赤くたくましい大地に支えられ、乾いたモンスーンの熱風が、一気に心と体のすべてのしこりを吹きとばし、溶かし去ってくれました

この国の人たちの日常や人生には、覚りへの理解と瞑想の修養が、今も自然に息づいています 老若男女が、たとえ数週間、数ヶ月でも世間を離れ、自分自身と静かに向き合うひと時を大切にしています その自然な有り様は、これからのわたし自身の歩みに、さらなる励ましと力添えを与えてくれるものとなりました

皆既月食の夜 多くの参拝者でにぎわうパヤーは、どちらを見回しても黄金色の輝き

4月の満月は月食となり、ここヤンゴンでも黄金のシュエダゴォンパヤーとの共演を楽しむことができました この素晴らしい機会に、新たな歩みや解放を体験される方もいらっしゃったことでしょう そして、テーラワーダの国々がもっとも華やぐ新年のお祭り、ウォーターフェスティバルの喧噪を避けるように、この国を後にしたのでした


冬籠りの虫たちが地中から顔をだす、
啓蟄の日の穏やかな午後にオープンサークルを開きました

エタニティには時折、母娘のお2人がそろって相談にみえられます
それは本来、祖母、母、娘へと受け継がれていた女性の叡智が途絶えてしまったからに他なりません 今の時代の必然、といってもよいでしょう そのため、教えを受けとれなかった娘たちの嘆きや反乱が、世界の各所で起こっています

女性という器を生きるとき、そこには必ず「傷を負う」という体験が起こります それは、私たちの心身が自然に近く創られており、繊細でやわらかくできているためです そして、その負傷は、女性を2つの道へと分かちます 苦難の道か、智慧の道か…

エタニティでは、1年のいくつかの節目のなかでも、特に冬至を大切にしてきました これは、暗く寒い地中で、誰にもいたわられることなく沈む闇の女王へと出逢うためなのです 誰の心にも棲まう彼女のことを、もう押しやったり無視したりすることのないように… との願いをこめています

女性たちは、この外傷を賢明さへと変容させてゆく力をたずさえています そのため、それを確かめるためにここへやって来られるのです 賢女を生きる階段を一歩一歩歩みながら、その歩みはやがて、男性の人生へと浸透してゆきます

男性は時に、その暗闇にある女性を救うため、命をかえりみることなくその深い闇に飛びこんでゆくことがあります 彼らの勇気と完全な明け渡し 私たちはこれをそれぞれの内面で直接経験し、叡智の目ざめを成し遂げてゆくのです


今年初めてのオープンサークルは、立春の満月の日の開催となりました

ここ数年、大地の知性と呼ばれるものへ、感受性がますます開かれる人たちとの出逢いが増えています 私たち”日本人”と呼ばれているものもまた、その大もとはすべてこの知力よって支えられているということを、何時も忘れることはできません

この、世界でも稀有な知性を放つ場に触れようと、今多くの人たちの関心が寄せられているように思います それは時に、この”日本人”を介して触れあう、ということが試みられているかのようです

これは、私たち1人1人が自身の内深く、地下深くに自然と結びつけられていることの反映なのでしょうか そして、それを気づきとして生きることは、まさに、忘れ去られた神話を取り戻してゆくことへとつながってゆくのだろうと思います

神話の時代、もともと1つだったものが2つに別れた瞬間 天と地の分離にともなう痛みや苦しみが、生々しく表現されています その善悪の境界とも言うべき壁が、ますます濃くなろうとしている今、私たちは心の奥深くで綴られているものを、もう一度皆で共有しようと試みているのかもしれません

この大地に棲まうものへと出逢うためには、一人一人が細心の礼節と畏れを持って、謁見しなければいけないでしょう
そして私たちはこれからも、まるで賢者と出逢うかのように、場と出逢い、交流を深めてゆくのでしょう

今年の冬至は新月と重なるという、
新鮮な息吹きの始まりを楽しむのに、絶好の機会となりました

残念ながら、今年はこの日に日本にはおりませんでしたので、恒例のニューイヤーパーティーを開くことができませんでした
しかし、今年1年、エタニティに集ってくださった方々への感謝の気持ちをあらわしたく思い、ご希望の方々へシュトーレンをお送りさせていただきました

天然酵母でつくられた、有機全粒粉100%のシュトーレンです

真実との出逢いに導かれた人々は、私たちにとってはすべて ”悟りの人” ブッダです
その方々へ食を供することは、私たちの何よりの歓びでもあります

食べることについては、ここでもずいぶんとさまざまな形で分かちあいを続けてきました
本当の人生を歩みはじめるとき、私たちはそれまでの「生き残りをかけたサバイバルの食事」から、「より良き死へと向かう平和な食事」へ変化を遂げてゆきます
これは決して後ろ向きな生き方ではなく、人生の時間を一瞬も無駄にはしないという、たいへん積極的な生き方への変容でもあるのです

今年は東から西へと、拠点をうつす転機もめぐってきました 東にいる頃は、自己実現を現世利益の形で追い求めようとされる方々にお会いする機会が多かったように思いますが、西へ来ると一転し、僧侶や瞑想修行を続ける方々との分かちあいの場面がたびたびやってきました こちらは、来世利益を求める世界、とでもいうのでしょうか… しかし私自身の日常は、このどちらにも足をかけることなく、自由に展開されていったように思います

わたしの生きる場所は、やはり「ここ」なのだと、改めて実感する1年でもありました

私自身、心の解放はラマナから、そして体の解放はブッダから手ほどきを授かりました
そしてそれは今も、止むことなく続いています

来る年は、この男性賢者たちが直接生きた地やゆかりの足跡をたずね、感謝をささげる旅が続いてゆきそうです そしてその行く先には、いよいよ女性賢者たちからの手ほどきを受ける好機が到来することも、ひしひしと感じています

彼女たちは、教典やテクニックという言葉や形を遺すことはありませんでした わたし自身が真に生きようと望む、その展開を楽しみに待ちながらも、あともう少しだけ、男性賢者たちからの指南を受けとってゆこうと思っています

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今年もさまざまな場面で、エタニティと出逢い分かちあいをいただき、
本当にありがとうございました

今年ご寄付をいただきました総額は、12/30現在で39,000円となります
運営費の12,000円を差し引き、残金は62,000円となりました

運営費の内訳は、オープンサークルのお茶菓子代、シュトーレンとその送料、ホームページの管理費として使わせていただきました 残金の半額31,000円(送金手数料を含む)を、ラマナアシュラムへ寄付させていただき、残りの31,000円は来年度の運営費として繰り越しをさせていただきます

今年も皆さまの温かなお心づかいをいただきましたことを、ここに深く感謝いたします
ありがとうございました
そして来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします

初夏の太陽が日に日に輝きを増す南半球の島国、ニュージーランド
その最北に位置するケリケリという小さな町で、サイレントリトリートを開催しました

この数日前、わたしは日本からの参加者をお迎えする準備のために、海へ出かけました

ちょうど、子育て中のボトルノーズドルフィンたちのポッド(母子の群れ)に遭遇し、並んでボートを進めました 母親たちを心配させないよう、最初は海に入らなかったのですが、人なつこい彼らは私たちの周りから離れず、お言葉に甘え(?)少しだけ一緒に泳がせてもらいました リトリートへの準備が心身ともに調えられたような、平和で穏やかな、そんな午後のひとときでした

春から夏にかけて イルカたちにとっては出産と子育てのシーズンです

参加者の皆さんは、それぞれの想いを胸に、ここにたどり着くまでに、様々な思考、感情、そして体の痛みといった荒波にさらされておられました ケリケリに到着され、安堵の呼吸がよみがえり、少しずつゆったりとしたこちらの空気に溶けこんでいかれました 

普段、何気なく過ごす”日本”という場の日常の中で、どれほどこの枠組みに寄りかかり生きてきたかを実感される方もいらっしゃいました ”ここに到着するまで、決して自身の呼吸を忘れないように” とアドバイスをさせていただいていましたが、いつもの言葉や習慣は通用せず、緊張の連続だったようです

少人数の開催でしたので、瞑想する時間を多くもうけ、普段のわたしの日常と同じ体験をしていただきました

安らかな沈黙のただ中で、皆とただ坐る時間 何も着飾ることのない、裸の呼吸…

どの瞬間も、幸せで満ちているという事実を確かめられます こんなにも多くをいただいているのに、私は一体何を返しているだろうか?と、深い問いを持たれる方もいらっしゃいました これは、素晴らしい気づきです

二股の糸杉が貫くウェルネスセンター 毎日ともに坐り、分かちあいの時を過ごしました

私たちは、ただ受けとることしかできないこと
怖がらずに、ただ静かに、この器を開いてゆくこと

それしかできないのだと気づく時、私たちが受けとったものだけが、さらにそれを必要とするところへと自然に流れてゆくのです だからこそ、私たちは深く頭を垂れ、この瞬間への謝意をあらわすのかもしれません

瞑想生活が進むにつれて、体の痛みや心の凝りが、少しずつ溶け去ってゆくのを観察しました ウォーキングメディテーションでは、前後や左右に重心を傾けず、心と体をぴったりと中心に一致させ歩く時、こんなにも心地よく安心感を生むのだと実感される体験もありました 言葉やテクニックではとうてい得られない直接の叡智を通じて、より細やかな感覚を信頼し進む勇気についても分かちあいが生まれました

ケリケリ川沿いのブッシュ 初夏の木漏れ日の中、皆でゆっくりと静かに歩きます

中秋の名月と並び美しい月が楽しめるという「十三夜月」
171年ぶりと言われるミラクルムーンが、分かちあいの後の私たちをやさしく包み、静かに照らしていました

サイレンスが解かれる最終日には予定を変更し、リトリートセンターの近くにあるオーガニックレストランでランチを楽しみました 現地の日本の方とも合流し、和やかな分かちあいの時が流れました

地元で人気のカフェ

原生林に囲まれて食事が楽しめる ローカルで人気のカフェ

今回のリトリートを通して、「開いているのに、尚かつ何もしない」という在り方を、深く体験する日々となりました

迷いや疑いが生まれれば、いつでも呼吸へ戻る 自分自身の息吹きを拠りどころとすることの大切さも、あらためて確かめることができました

リラックスした心身とともに、自分自身の胸の奥に在るもっとも大切なものを護り、それぞれの参加者がそれを確かに育んでゆくことを願わずにはおれない、そんな4日間でした


入植当時の面影をのこすミッションステーション 最古の建造物などが見学できます

美しい中秋の名月を堪能した明くる日、オープンサークルを開きました

数えきれないほどのいにしえの賢者たちは、私たちが本当の自分自身、本質と出会うために、たった1つの方法を試せばよいと繰り返し伝えてくれています

それは、今この瞬間、完全に静止すること

心も体も、余計なことを一切せず、ただ留まること
思考も努力もビジョンも、一切必要ありません
しかし、どうしてこれほどまでに、このたった1つの実現が私たちにとって難しいのでしょう

ゴータマシッダッタは、そこに3つの覆いがあると教えてくれました
それは欲望、怒り そして無知
その中でもとくに、真実について、いまだに識ることさえゆるされていない無知は、
最も深い闇だと説かれました

私たちの社会や日常の中には、苦しみや空しさが満ちあふれているように映ります しかし私は時に、この最も深い闇を打ち破ろうとするがために、人々はあえて苦しみの中へと飛びこんでいく様に見えるのです ようやく、幻の私という限界へ迫ろうとしている、祝福や恩恵を目前に控えた人々のように見えるのです

真実のわたしは、想像の入る余地がまったくないもの
限られた、縛られたものではありません

そして私たちの最奥で、声なき声で語りかけられているささやきに、内なる耳を澄ますこと
静寂の中で、第3の耳が開かれることの大切さが言い伝えられているのは、このためなのでしょう

台風一過の梅雨の晴れ間がのぞく午後、オープンサークルを開きました

私たちが、内なる本当のわたしに気づきはじめる時、人生はゆっくりと静寂のほうへと舵をとりはじめます 日常のどんな瞬間にも、本当のわたしと生きることが人生のメインの仕事となり、この一見何もしていないように映る生き方が、あらゆるものへと広がり影響を及ぼすことになるのです 私たちはこの大切な仕事を引きうけ、ますます真実を護りいつくしむようになるでしょう と同時に、私たち自身もまた、真実から護られ、大切に尊ばれてゆくのです

さらに、もっとも深い2者関係のひとつである母子についても、分かちあいが生まれました 「命は、”苦しみ”から生まれる」 最近、エタニティにおいでになる母親たちが口にされる言葉です 本当のことをとらえ始めた彼女たちは、幾千年にもわたる、実現しえなかった数えきれない苦悩(子どもたち)を産み出したことに気づかれるのです 命がバトンしているものが何なのかを、そのままの姿で観ることができた時、私たちはようやく安堵し、解放の道へと導かれてゆくのかもしれません

梅雨の季節は、美しい紫陽花をはじめ、一日花の娑羅を楽しむことができます

この分かちあいが続いている間、わたしは始終、摩耶山の山上におまつりされている、仏陀の生母のことを想っていました ここは、この国では唯一、摩耶夫人をおまつりしている、慈しみ深い精気を放つ場所です そこから流れくるあふれんばかりの内なる湧水に、心身をゆだねていました もしかしたら、この清々しい流れは、皆さんのところへも届いていたかもしれません

今月は、六甲ではじめてのオープンサークルを開きました

これまで皆さんと分かちあってきたものが、この山すそで、また新たに展開されてゆく喜びを実感するひとときとなりました

今という瞬間の中に、心と体、まるごと飛び込んでゆくこと そしてその時は、いつも呼吸を入り口として扉を開いてゆくこと

皆さんとどの時も調べてきたことですが、時にそれは、首だけを少し突っこんだだけで終わったり、一瞥だけでわかったような気になるという落とし穴も体験してきました 真実と出会うとき、決してこの体全体を置き去りにせず、内側で起こるすべての六感を味わうことを改めて確かめる集いとなりました

この細やかで繊細な道 決して押しつけられることなく、私たちに触れることなく、やさしくそこに在り続けるもの 何世代にもわたる命が、ただ”それ”と出会うために準備してくれた、壮大なうねりに気づくとき、私たちは今、自分が何をすればよいのかが明瞭にわかります そして毎瞬毎瞬、わたしにしかできない仕事をやってゆくのです

これは、悟りのマスターにも初心者にも、まったく平等に開かれた道です そこに優劣は一切存在せず、わたしたちが本当のことに目を開いてゆけばゆくほど、どの命も皆、この至福のジュースにどっぷりと浸かり、見護られていることが明らかになるでしょう

1本の直線の時間ではなく、まるで1点に、音もなく滴るひと雫のように、深まりゆく時を味わう満月でした

”これが私だ!”という個の感覚は、どれだけのワクワクと興奮を私たちへ届けてくれていたでしょうか ”私が躍動している””私が創造している””私、私、私…”と そんな言葉で言い尽すことのできないエキサイティングな体験も、ただ”内なる死”へと向かう誕生に過ぎなかったということ この1つの真実に気がつくまで、私たちはこのドラマを続けてゆくのでしょう そんな終わりのないゲームを、やさしく見守る母性とともに過ごしながら、今月のサークルはスタートしました

”負けざる魂を授けてくれたことを、神に感謝しよう” 今月この世を去った、著名な政治家のメッセージです 私たちのまわりをよく見わたすと、どういうわけか、誰が聞いても100%正しいことを主張している人たちが、大変な苦難を背負わされることを目撃します 人類の平和と幸せ 誰もが望んでいるであろうことを達成しようと闘っているだけなのに どうして真実は手を貸すどころか、むしろそれを阻止するようなふるまいをするのでしょう?

どうやら真実は、正義が嫌いなようです 善悪を裁くことは創造者の仕事ですから、それは創ったものにまかせなければなりません 私たち人間が、その代わりを生きることはできないようです 多くの平和活動家たちが投獄や軟禁を余儀なくされ、静寂の時を与えられていることは、何ものにも変えがたい真実からの贈り物のように見えます 私たちに与えられていることは、この瞬間をくつろぎ楽しむこと 追いかけてくる過去や決断を迫られる未来がやってくるように思えても、ただこの今を、深い息吹の中で生きることなのでしょう

そして今年も、冬至の季節がやってきました この冬もオープンサークルへご参加いただいた皆さまをお招きして、新年を祝う集いを開きました

世界各地に、この日をお祝いする習わしが残っています 「名前のない日」「時がいまだに生まれない日」など、様々な呼び名がつけられています 闇の女王をなぐさめるため、断食をして過ごす地域もありますが、私たちは再びよみがえる太陽のめぐりのひとときを、食事や唄うことを分かちあう日としています 今回も『3p.m.さんじ』さんの、心も体も温まる精進料理をご用意いただきました

オープンサークルやリトリートを通じて、日常の”食べる”という行為に、大きな変容を経験される方が何人もいらしゃいます 私たちが本来のわたしで生きはじめると、口のなかや体のなかの味わいが深みを増してゆくことに気づくのです その味わいはゆっくりゆっくりと人生をかたち創り、さらに静けさの中でゆったりと食事(人生)を楽しむようになります そして今年はさらに口からの創造に加えて、何も所有することのない空っぽの手から、一体どのような創造が生まれてくるのかを観てゆくことにしました 何も握りしめない開いた手の中に、すでにある恵みを味わいます そして、始まりの中にあるすべての終わりに気づいてゆくことも分ちあいました

ご参加いただいた皆さん全員が、歌声を披露してくださるというサプライズもありました それぞれの皆さんが内なるふるさとへ還る時に口ずさむような、優しく、時に力強い調べを楽しみながら、全員で『故郷』(唱歌)も合唱しました

そしてラストには、オープンサークルにもご参加いただいている稲垣遼さんをゲストにお迎えして、ディジュリドゥのセッションをいただきました クリスタルディジュリドゥの響きは、源から発する原初の響きにも似て、深くやさしく私たちを通りぬけその源へと還ってゆきます 皆さんにもリラックスして味わっていただきながら、心も体も洗いながされてゆくひとときを楽しみました

今年も、多くの方々との出逢いに恵まれる1年となりました 出逢ってくださった皆さま、本当にありがとうございました

今年ご寄付をいただきました総額は、12/30現在で194,000円となりました
(NZドルは1ドル=80円:滞在時のレートで換算させていただいています)
運営費の166,500円を差し引き、残金は70,000円となりました

運営費の内訳は、オープンサークルのお茶菓子代やサイレントリトリートの宿泊費、ニューイヤーパーティーの食事代と出演御礼、ホームページの管理費として使わせていただきました 残金の半額35,000円(送金手数料を含む)を、ラマナアシュラムへ寄付させていただき、残りの35,000円は来年度の運営費として繰り越しをさせていただきます

今年も皆さまの温かなお心づかいをいただきましたことを、ここに深く感謝いたします
本当にありがとうございました
そして来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします