気がつけば、1年の半分ほどを国外の瞑想センターで過ごすことが日常となっているこの頃
これまで数々の国を訪問するなかで、はかり知れない恩恵をいただいてきました

言い尽くせない感謝の気持ちに動かされ、今年からお礼参りをするような、そんな旅路のスタートを感じています
その第一歩として、今年はニュージーランドではなくイギリスのヴィパッサナー瞑想センターを訪ね、ボランティア奉仕の日々を過ごしました

奥に見えるのは完成したばかりの円形のパゴダ 瞑想用の独居室(セル)が内在しています

ヴィパッサナー瞑想を学ぼうと思う時、私たちのグループではまず最初に10日間の瞑想コースに参加することを求められます これは、ブッダの深遠な教えのほんのプロローグ、紹介のためのリトリートにすぎませんが、より本格的に学ぼうとする人は、さらに長い期間のコースに参加してゆくことになります

このイギリスのセンターは、その長期間のコースのみを行なっている、世界でも数少ない場所です さらにこちらのセンター長さんは、日本の瞑想センターを設立してくださった初期のメンバーでもあり、その後ニュージーランドのセンター長もつとめられた経験豊かな瞑想者でもあられます 彼らとともに働く毎日は充実の日々で、楽しい奉仕の数ヶ月はあっという間の終焉となりました

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その後、わたしは休暇もかねてギリシャを旅しました

高校生の頃、“汝自身を知れ”という強烈な金言と出会い、わたしは迷いながらも大学で心理学を学ぶことを決意します さらにユング心理学に親しむことでギリシャ神話を学ぶこととなり、いつかこの古代の神託の地を訪れたいと思っていました

今では世界遺産に登録され、毎日世界中から観光客の絶えない地「デルフィ」
パルナッソス山麓に抱かれたアポロン神殿の風格は、変わらず健在です ここには、5,000人収容の劇場と、オリンピック競技が開催されたスタジアムが今もなお保存され、その規模は圧巻の大きさです

ヨーロッパ文化の源泉 野外劇場の舞台正面に、アポロンの神殿跡が残されています

イルカに変身した太陽神アポロンは、コリントス湾の砂浜からこの神域に降り立ちました “ドルフィン”という名は、この地のデルフォイから派生した名前と言われています 世界の中心(へそ)と考えられ、巫女たちにより告げられた詩句は、時にまつりごとの重要な決定にも影響を与えました 先の格言以外にも “過剰の中の無”や“誓約と破滅は紙一重”といった名高い神意を、今に伝えています

ローマ帝国やキリスト教統治の始まる以前、古代ギリシャ文明の全盛期でもあり、それはゴータマ・ブッダの登場とも重なる時世 紀元前500年とは、ブッダ以外にも世界中で賢人たちが同時多発に出現したことで知られる、いわゆる”枢軸時代”なのです

仏典の番外編のなかにも、古代ギリシャ王とインドの出家者(比丘)との問答が収められています 王はのちに出家し瞑想者となりますが、東は極東の日本まで、そして西でも、南欧のこの地まで確かにブッダの教えが伝播され、思想交流のあったことがわかっています

この時代の伝聞書はたいへ興味深く、インド人は嘘をつかないことや、女性の瞑想者も存在し、彼女たちが堂々と男性瞑想者たちと難解な議論を繰り広げていることなどが、驚きをもって紹介されています 性別や身分、国境、信仰を超えた当時のインドの精神文明が、どれほど自由で豊かであったかを物語っています

アポロン神のシンボル、イルカやタコ、竪琴などと並んでシングル・アイのモチーフも

この時代のギリシャの賢者ヘラクレイトスは “万物は流転する”という、宇宙法則の”無常”の教えを唱えていました ブッダは彼のことを知っていたという逸話も残されているほど ”彼がたいへん遠いところにいる”ことをご存知だったとか… この時代、西洋世界にこれ以上の洞察が深まることはありませんでしたが、現在では立派なヴィパッサナー瞑想センターが各地に設立され続けています

古代から現代に至るまで、大多数の人々に浸透している “人生楽しんだ者勝ち”という愚かな貪り 過去も未来も関係なく、今を謳歌せよという根深い過ちが世界中に蔓延する中で、今、古代の神話の叡智がふたたび息を吹き返し、人々の心の目ざめに手をさしのべてくれているように思います

神々と人間がお互いを尊重し、手と手を取りあい生きていた時代 その後の宗教や科学の登場で、人類はこの豊かな営みをすっかり忘れてしまいましたが、ブッダの教えが復興する一大エポックの現在、清らかな慈愛と彼らの助力のおかげで、私たちヴィパッサナー瞑想者は心を浄化する修習にふたたび取り組むことができているのです

アトランティス伝説の残るサントリーニ エーゲンブルーがどこまでもまぶしく輝きます

5月の新月 汗ばむほどの晴天と新緑のまぶしい1日に、ミャンマー出身の尼僧さまを六甲にお招きして、瞑想会と法話会を行いました

ミャンマーのインジンビン僧院に滞在した折、たいへんお世話になったマンダラ副僧院長を日本へお迎えをする準備をしていましたが、あと一歩のところでビザの発給が間に合わず、今回は来日が叶いませんでした

来日の際に、長老の通訳をお願いしておりましたサッチャー尼僧さまが、長老に代わり説法をいただけるという温かいご厚意をいただき、このたびの実現となりました

マンダラ長老は、かねてより日本への訪問を希望されており、とくにサヤジやゴエンカ師の生徒であるヴィパッサナー瞑想者たちにウェブーサヤドーのことをもっとよく知ってもらいたいという願いをお持ちでした その意思を継がれ、サヤレーはウェブーサヤドーをはじめとするミャンマーの聖者の方々<アラハン>のお話をしてくださいました

日本では、悟りや聖者についての正しい理解がゆきとどかず、考え違いや偏った思いこみもまだまだ少なくありません 清らかな誓い<道徳>を純粋に守る僧や尼僧の方々の法話に耳を傾け、ひとときを共にすることは、これからの日本の瞑想者の成長にとっても、ますます大切なことだと考えています

ミャンマーの瞑想修行者たちが、長きにわたり大切に大切に保持してこられた宇宙の叡智<ダンマ>に触れ、彼らのすぐれた特性を学びながら、私たち外国人も同じように善い心を育んでゆくことは、かけがえのない修養の1つです

この機会を通じて、ミャンマーの人々の心の寛容さ、大らかさ、広やかさを実感していただき、ブッダの最側近で仕えつづけた真っ直ぐな心に、少しでも触れていただけたら… と思っています

サヤレーのお話は、こちらでご覧になれます 慈しみ深く私たちを励ましてくださるお心を、きっと感じていただけると思います

「この世界でもっとも高い功徳<パーラミー>は、宇宙のことわり<ダンマ>を授けることである」と、ブッダはおっしゃっておられます

サヤレーは、私たちの真摯に坐る姿に心を動かされ、この日にシーラ<戒律>を授けてくださいました 新月の日<ウポーサタ>にサヤレーに高いパーラミーを積んでいただけたことは、わたしたち在家の日本人瞑想者にとっても得がたい善い行為<カンマ>を積ませていただいたこととなるでしょう

生まれ変わりの苦しみを自ら捨断された聖者がたの智慧 ブッダの時代から称讃され崇敬されている聖なる集い<サンガ>に心を寄せながら瞑想に取りくむと、格段にその進歩を実感することができます これからもますます、ブッダの教えがこの国にも純粋に伝わり、発展しますように

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このたびの法話会にご寄附をいただきました総額は43,000円となります
新月の日に、サヤレーへお渡しをさせていただきました

奉仕をいただきました方々をはじめ、皆さまの温かなお心づくしをいただき、
本当にありがとうございました

恒例の瞑想コースに参加するため、今年はタイを訪れました ミャンマーと同じくテーラワーダの仏教国でありながら、その発展はすこし様相が異なっています

隣国どうし仲が悪いのはよく聞く話しですが、この両国も残念ながら争いの歴史を抱えています スコータイからアユタヤにかけて栄えた王朝も、ビルマ軍に占領され滅亡してしまいます 今もなお、破壊され廃墟となった王朝跡が遺されています

戦乱により切り落とされた仏頭が、木の根元に残されたままのワット・マハータート

ブッダの瞑想法を何千年にもわたり保存し保護してきたビルマと違い、この国では心の清浄という伝統、ヴィパッサナーの智慧は次第に忘れ去られ、安らぎやリラクゼーションを目的とするサマーディ瞑想や、肉体を浄化する方向へと徐々に逸脱してゆきます 精神性よりも物質性に重心が傾き、それは現在のマッサージやヨーガ、様々なボディーワークの発生乱立へとつながっています

ここに、わたしたちが学ぶことのできる多くがあることに気づかれるでしょう わたしたちの心は見かけの事実に翻弄されやすく、物質への執着をなかなか手放すことができません 四六時中、体の面倒を見、粗粗しい現象に目を奪われ、落ちついて現象の本質を見通すような鋭い心を育てることが難しいのです 

スリランカから渡来した黄金の仏像がおさめられている ワット・プラシン

宇宙の理(ことわり)について、いまだ心眼の開いていない人のことを、”凡夫”と呼びます 個体性や個別性といった個我への固執が強く、人間本来の生き方へと心が開いてゆきません 宇宙の叡智を学ぶ最高のタイミングを迎えていても、世俗の因習から足を洗うことができません

これは、たとえ宇宙の最上の階梯に生まれ変われたとしても、その次元で ”観察する” という智慧が生じなければ、どこまでいっても ”平凡な生命体” なのです それほど物理の慣性から脱することは、ときに強い決意を必要とするのです

タイ古式マッサージの総本山として名高い、ワット・ポーの大涅槃仏

この国の寺院はどれも煌びやかで華やかです 数えきれないほどのジュエリーで彩られた寺院や仏像が並んでいます 心の純化の象徴である ”鉱物の結晶化” に魅了されたことも、この国の仏教の特徴と言えるでしょう タイの国宝、エメラルドブッダの伝説は有名です

心の浄化とともに、物質次元にもさまざまな自浄作用、化学反応が起こります この自己治癒の過程は、特に健康問題を抱える人にとってはたいへんな魅力に映るのでしょう 一過性のプロセスに決して惑わされることなく、どんな時も真直ぐな心で進んでゆきたいと、思いも新たにした旅路でした

新年の幕開けを告げる美しい満月の月光に浴しながら、今年も多くの人々にブッダの恩恵がゆき届きますようにと、願わずにはおれませんでした

3ヶ月にわたる雨安居明け 乾季の始まるミャンマーの秋は、満月のお祭りで彩られます

ブッダの時代 彼の秘書をつとめていた従兄弟のアーナンダがブッダと交わした、たいへん有名なスッタ(経典)が残っています

 ”善い友と出会うことができれば、瞑想修業の半ばを達成したことに等しい” アーナンダはブッダに問いかけます しかしゴータマ・ブッダは、その言葉を諭します
”善友に巡りあうことは、瞑想の道のすべてを完成したことに等しいのだよ” と

わたしたちが出会う1番の朋友は、紛れもなくブッダご自身です わたし自身、彼の生徒となってから、人間関係のすべてが一変してしまいました 想像も及ばないような方々との交流が始まり、それは今回のミャンマーの再訪につながっています

インジンビン村にあるパリヤッティ僧院 ビルマ様式の寺院が出迎えてくれます

ブッダのさらなる庇護と友愛を求めて、わたしは悟りの最高のステージを修めた比丘の僧院より、滞在の許可をいただきました

悟りの最高峰を極めた聖者の方を、テーラワーダの伝統では ”アラハン” と呼びます 自然の法則では、心の浄化には4つのステップがあり、その順に沿って人は心の進化をたどってゆきます 現在ブッダの教えの続く5千年期の半分以上が過ぎ去っていますが、第2期の始まる2,500年の節目のころ、この国には多くのアラハンがいらっしゃいました

それは第2期のヴィパッサナーの幕開けを告げる、輝かしい時代の到来を意味するのですが、世界は大戦に明け暮れるという暗い時期でもありました エタニティでご紹介しているヴィパッサナーのテクニックは、サヤジ・ウ・バ・キンという瞑想者の伝統によるものですが、彼もまた、この新しい時代のパイオニアでした

僧院内のロータスポンド 早朝には美しい蓮の花が咲き、沐浴の姿も見られます

わたしたちが仰ぐグランド・ティーチャーである彼は、かの時代のアラハンのお1人、
ヴェネラブル・ウェブ・サヤドーとの親交を育みました これはミャンマー国内でも稀有な逸話として、今もなお語り継がれているものです わたしは、この聖者が生まれ入滅した村にある彼の僧院へと赴きました ここはアラハン存命の時代から、ミャンマー国内はおろか、世界中から人々を惹きつけてきた聖地であり、現在も多くの瞑想者たちが来訪し、その訪問が途絶えることはありません

田んぼとピーナッツ畑が延々と続くのどかな風景は、どこかなつかしい郷愁を想わせます まるで、ブッダガヤのお隣のセーナー村を歩いている時のようなデジャヴに駆られました 現在でも交通の不便なこの場所に、かつては多くの群衆が集まり、大僧正は日に10回近くも人前で講話をしなければならなかったと聞きます

チャウセにあるパティパッティ僧院 聖者が4年間瞑想修業をしたケーヴ(洞窟)

僧院の1室をいただいて瞑想を始めると、今もなお聖者の波動がわたしたちを教え導いてくださることがよくわかります

輪廻転生の束縛から完全に自由となった生命 彼は、ブッダの無上の教えであるサーサナが、今この時代この惑星に力強く降り注いでいること、わたしたちが正しい時と場所に人として生きている幸運を、くり返し説きつづけてくださいました

新月と満月、そして上弦と下弦の月齢を迎えるウポーサタの日には、近隣の村人たちが行進する太鼓の音が、おごそかに響きわたります 人々は僧院へと集い、布施をおさめブッダの教えを聞いて八戒を守り過ごします 連綿とつづく見事な習わしの中に身をおきながら、ビルマ中が光に包まれる灯明祭の美しい満月を心に浸透させ、このゴールデン・ランドをふたたび後にしたのでした

南半球では先住マオリのお正月である冬至を迎え、今年は新月とも重なって、新鮮なスタートを感じるにふさわしい好機を迎えていました

毎年の恒例となっているニュージーランドの瞑想センターでボランティアの日々を送りながら、オフの日にはご近所にお住まいの日本人のご家庭で骨休めをさせていただくこともしばしばです

今回、お世話になっている清野さんご夫妻が、ニュージーランドでオープンサークルを開くお手伝いをしてくださることになり、4年ぶりに分かちあいの機会をいただくこととなりました

ご夫妻はご自宅でファームステイやファームクラブも運営されており、田舎暮らしをご家族で満喫しておられます

敷地内の小高い丘をのぼると、のどかな牧草地や原生林を遠望できます

分かちあいでは、まず”サットサン”についての素朴な質問から始まりました

これはインドに伝わる風習で、日常の会話とはちがい、心の真実、本心を素直に語り問いかける集まりです 大げさな、あるいは過小な表現を避け、純粋で健全な言葉を使うことは、私たちをダイナミックな変容へと導く力を持っています

今回は、占星術やヒーリングについてのシェアの多い集いとなりました 私たちが瞑想を行っていく目的は、心の浄化のみに集中して専心してゆくことです この”正しい歩み方”と言われる道には、いくつかの誘惑や落とし穴が潜んでいますから、不注意であることをできるだけ避け進んでゆきます

浄化が進むほどに、自然に奇蹟や幸運が舞いこむこともあるかもしれませんが、このような単なる科学現象に目を奪われないよう気づきつづけます さまざまな化学反応の一部分のみを取り出して詳細に探求されたものが、じつに多くの伝統やテクニックとなって、今では数えきれないほどの精神世界のアイテムが散在し、混乱をきたしていると言えるかもしれません

ちょうど新月の日の朝にお披露目となった ”足もみサロン Waewae” の素敵なサイン

これは、1人1人が内なる叡智に充分に気づいていない、何よりの証でもあります 自身の智慧を育み、正しく理解できるようになれば、どのような技術にも依存することなく、また何か1つの偏った方法に執着することなく、自由に生きてゆくことができるでしょう 直接体得し、納得できた自身の智慧は、決して私たちを裏切ることはないのです

私たち瞑想者は、人々を強く条件づけ、輪廻への固い縛りを生むさまざまなエネルギーワークや預言には、一切触れることはありません これらは人々の心を惑わし、最も重苦しい心の束縛を、ただ増すだけだからと知っているからです

自然な呼吸へ向けた純粋な意識さえ忘れなければ、私たちが足下をすくわれることはないでしょう 最後には皆で呼吸の瞑想を練習しながら、和やかな集いはあっという間に終えんを迎えたのでした

ポットラックパーティーがさかんなニュージーランドならでは 充実のスィーツタイムです

季節はずれの暖かな冬至雨が降る午後 今年も、来る年をお祝いする集いを開きました

いつものように皆で坐り心の安寧を分かちあい、パーティーのスタートです
今年もまた、モダナークファームカフェさんのベジタリアンケータリングにお世話になりました 

生き方とは食べ方 食を供することは真実への感謝の想いと信心をあらわします

安曇野でともに過ごした皆さん全員もお祝いに駆けつけてくださり、リトリート後の変容のシェアリングがつづきました 心の浄化の旅路では、善友の存在は大きな宝となります ゴールへの秘訣は、善き友情に恵まれるかどうかが最大のポイントと言っても過言ではありません エタニティという場がその貴重な機会となるなら、これほど嬉しいことはありません

来年は、これまでの歩みへの信頼が増幅し、さらに発展しゆくサイクルとなることでしょう 新しい変化をしなやかに受け容れる心が、一段と必要とされるだろうと思います

以前のリポートでもお伝えした、女性賢者についての質問をたびたびいただくことがあります

ここで表現した”女性”とは、生殖にかかわる特別な臓器を持つ”肉体の女性”を指しているのではありません それは、自然の摂理そのもの 太古より”深奥の真実”と表現されている、秩序そのものです
それは誰にも気づかれることのない、たいへんデリケートな”純粋な観察”をあらわしています

私たちが宇宙の一塵の風となり、すべての制限から解き放たれる瞬間 ”彼女”という庇護が必要なのです それは、言葉などの痕跡ではとうてい残すことのできない、唯一無類の経験智そのものです

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今年もさまざまな場面で、エタニティと出会い分かちあいをいただき、
本当にありがとうございました

今年いただきましたご寄附の総額は、12/30現在で85,000円となります(端数切捨)
運営費の49,000円を差し引き、残金は67,000円となりました

運営費の内訳は、オープンサークルのお茶菓子代と会場費、機材費、サイレントリトリートの宿泊費、ニューイヤーパーティーの食事代、ホームページの管理費として使わせていただきました

来年は、オープンサークルやサイレントリトリートの予定がありませんので、残金の全額をラマナアシュラマムへの寄附とさせていただきます(送金手数料を含む)

今年も、皆さまの温かなお心づかいをいただきましたことを、ここに深く感謝いたします

活動の再開は未定ですが、また様々なよいタイミングで皆さんとお目にかかれることを楽しみにしています

待望の秋晴れが続いた4日間 今年も、穂高安曇野の森にかえってきました

地球に近接する満月、そして今年の閉園へと近づく穂高養生園のエナジーは、その高まりも全開で、想像をはるかに超える浄らかさに満ち満ちていました あまりに純粋な波動の中で、皆よく眠り、かずかずの夢やヴィジョンを見、また時に激しい痛みに直面するなど、深い深い体験の毎日でした

高い秋空が広がる木々の先から、少しずつ紅葉が始まっていました

浄化の人生を歩きはじめ修養が熟してくると、ある大切な智慧が生まれてきます

それは、心身のすべてが静かに溶けはじめる段階、ヴィパッサナー瞑想では”完全なる溶解”と説かれているもの ラマナが”真我へ溶け去りなさい”と教えていることと、同義のものです

西欧では、ここにたどりつくだけでマスターと称される方もたくさんいらっしゃいますが、このポイントはただのマイルストーンに過ぎず、道はさらに先へと続いています しかしここが最終ゴールだと思いちがいをする人たちは、後をたちません

溶解から静寂へとつづく一連のステージは、大事な一里塚であることに変わりはありませんが、さらにその先へと1歩1歩、気づきつづけ歩みつづけることこそが大切です

森に面した露天風呂 源泉から運ばれる温泉は薪で温められ、とてもやわらか

そこから先は、ブッダが明瞭に導きを授けてくださるでしょう ここから先へと具体的な道すじがしめされるのは、宇宙広しと言えど、彼の教えが唯一となることを、私たちは直接の体験を通して覚ってゆきます

そして、私たちが最終にして出会う最大の幻想 ”命とは永遠である” というイリュージョンと対峙することとなるでしょう

これまで名だたる多くの聖賢たちが、この錯覚によって大切な1歩を誤り、さまざまな神域へと転生流転してゆきました たとえ神々や梵天の世界に生まれかわれたとしても、それはまだこの宇宙のただ中 限定され、条件づけられ、縛られた世界に輪廻するだけなのです

この分かちあいの場を『エタニティ』と名づけたのは、皆でこの壮大な至高への妄想を超えてゆこう…という念いをこめています 歩みをすすめるほどに、私たちは善い心がけをたもちながら、毎瞬注意をおこたらず歩んでゆくのです

うれしいことに参加者の皆さんは、それぞれ私意や私欲を太らせることなく、自然の法則をまっすぐ理解してゆくまでに成長されています この福徳、幸せをすべての生きものと分かちあい、そして多くの力ぞえやサポートに感謝の心を送りながら、この清浄の森をあとにしたのでした

めったにお目にかかれないインド料理の朝食 やさしいスパイスの香りが広がります

エタニティにつどってくださる方々が、気がつけば最近はずいぶんとヴィパッサナー瞑想者の方々であることが多くなってきたように感じています

自然と、宇宙の深淵な叡智に触れる機会となり、ブッダの教えについての分かちあいは、いつもたいへん深くパワフルなものとなります

その智慧を支えているのは、毎瞬の呼吸への気づきのみ

この場所への専心なくしては、その後につづくありのままの智性のあらわれにつながることは難しいでしょう

現実を、そのまま観るというワークは、この広大無辺の宇宙の中でも、人間にもっとも適した勤めであると言われています ですから私たちは、古くからの言い伝えの通り、素直に、この瞬間への気づきという努力だけにフォーカスし続けます そしてあとの結果はすべて、ひとかけらのこだわりも持つことなく、真実にゆだねるのです

たいへんシンプルな理(ことわり)ですが、もし私たちが純粋にそれを体得し、本物の理解が芽生える時、人として生まれたことの真の意味に、出会うことができます この解放こそが、何にも変えることのできない無上の倖せなのです

日本では猛暑の盛りを迎えるころ、南半球では、冬の底がやってきます

今年は、シドニー郊外にあるブルーマウンテンズ国立公園にほど近い瞑想センターで、コースを坐るためお世話になりました

ユーカリの森が発する気体が、青い霧を生み出すことからこの名がつけられたこの地は、アボリジニの聖地の1つでもあります

アボリジニの伝説で有名な3つの奇岩、スリーシスターズ 美しい景観が広がります

かつてこの大地は、先住の民の楽園でした

彼らは、この地上で最古の文化を持つ民族ともいわれています
先祖代々受け継いできた天地創造の神話、ドリームタイムストーリーを大切にし、その叡智の足跡をたどり旅すること ードリーミングー が、彼らの生活や人生そのものでした

先代たちの物語にすべてをゆだね、文字を持つかわりに絵を描いたり踊ったり、歌を歌い継ぎながら後世に伝承した ”歌の道” そこに、先祖や精霊たちが遺した才気やこだまが今も存在するからこそ、彼らは旅を常とするのです

タスマニア島のとある聖所 古代では、巨石や磐座への信仰は万民共通でした

彼らにはまた、時間という観念はなく、過去や未来もすべて「今」に集約されています

天からすべてが与えられると信頼している彼らは、ほとんど何も所有することなく旅をつづけますが、唯一の持ちものの1つにイダキ(ディジュリドゥ)という楽器があります 物質より大事なものが、まさに歌 森羅万象から学んだことのすべてが、音(波動)に紡がれています

彼らが、古代の南インドから渡来した人々であることも、興味深い史実の1つですが、彼らの真正の道が無数に張りめぐらされたこの大地から力ぞえをいただきながら、瞑想にはげむ冬の日々を過ごしました

「real people」(真実の人々)と称されている意味が、心から理解できます 先住民の聖地には、なぜかウラン鉱脈が眠っていることが多いとも言われていますが、これらの地が荒らされる時、世界に悲しみが広がるであろうということを、彼らの神話はすでに警告していました

古代から多くの聖賢たちが黙想し、自然と一体となり万有との仲らいを続けてきた営み

この浄らかなヴァイブレイションが、今も変わらず遺されているおかげで、私たちは深い瞑想の修養を安心して行うことができます そして、それをただ静かに見つめる、限りない”慈しみ”という支えがなければ、私たちは宇宙のほんのわずかの真理にも、触れることはできないのです

暖冬といわれた今年のオーストラリア 一面の雪景色でおおわれる日もありました

テーラワーダの仏教国では、5月の満月にウェーサーカのお祭りが盛大に開かれます

彼らは毎月満月の日に集まり、ともに瞑想をしたり真理について語りあうポーヤ・デーを持ちますが、この望月は、祝福のヴァイブレイションがこの星をやさしく包みます

今月は、ニュージーランドと日本をオンラインでつなぎ、この祝祭の日をともに過ごしました

清浄の人生を歩むと決意した時、私たちはいくつかの宇宙の法則に従うことを宣誓します

このルールは、あらゆる時空にあまねく存在する決まりごとですが、人間がつくる法律とは比べものにならないほどの、まったき正当さ、無私の公平さをそのままあらわしています

その基盤は、どのような存在をも傷つけないこと 言葉によって、行為によって、そして日々の糧による活動によって、その実践が問われます

中でもいつも話題になるのは、3つめのお金にまつわるルールです この法則に背く人たちが多勢を占めるなかで、そこに染まることなく進んでゆくことは、時に難しいレッスンとなるかもしれません 目の前にある銭財が、一体どのような経緯を通じてやってきたものなのか 私たちはとくに注意を払って取扱ってゆく必要があるでしょう

多くの場合、私たちは日々の糧を多く摂りすぎてしまう傾向があります 搾取したものは、必ず返さなければならないのが宇宙のルールですし、最初からそのような過ちを侵さぬよう、細やかに気づきつづけることが大切なのです

自分以外の生けるものを傷つけている時、それは自分自身をも同時に傷つけているのです
自分自身を護っているつもりが、じつはさらに深傷を負っているのです

この深手を赦してゆくプロセスは、たいへんな手間と時間のかかるワークとなりますが、この難儀を通りぬけてはじめて、本ものの慈しみが私たちの内で花開いてゆくのです

ネイティヴブッシュに囲まれたサイレントヴァリー たゆみのない水と風が流れる聖所

わたしは今、ニュージーランドのヴィパッサナーセンターで、奉仕のお仕事をさせていただいています

瞑想者へ仕えることは、この地上での至上の仕事ともいわれます
何の見返りも報酬も求めることのない、無償のつとめ
わたしたちの本質のなかでも、もっとも清らかな行為の1つとされています

奉仕の仕事は毎日忙しく、笑いあり、涙ありの濃密な日々を送っています さまざまに異なるカルチャーがともに交わり溶けあって1つの成果をつくりあげてゆく道程は、どのような苦労があっても代えることのできない宝となります

ここは良質の湧き水にめぐまれた地で、清らかな自然の恩恵をたっぷり受けながら、日々心の浄化に専心できる最良の地です

どのような廻りあわせか、こちらのセンターに携わらせていただいていますが、時折、わたしのサーヴのタイミングにあわせて瞑想コースを坐りたいというお問合せをいただきます
今後はそのようなご要望にも、できるだけお応えしたいと思っています

冬のある日 お休みの日には近くのシェリービーチへ足をのばし、散策を楽しみます